ケニア、種を蒔く

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焼却から始めよう

あと1ヶ月ぐらいで任地を引き上げるので、
そろそろ大量にある家財道具を片付けないとならない。
というわけで、まずはゴミが処分から。
使わないものはどんどんと捨てていかないとね。
ただ先月見たナイロビのゴミ処分場の強烈な印象で、
ゴミを捨てるのも意識変化があったかも。
焼却するものは焼却、リサイクルできるものはリサイクルと、
きちんと処分しないとと思うが、
ただケニア人のリサイクルに対する意識がまだ浸透していない面もあり、
その辺が微妙だなと思ったり。
ケニアのリサイクル事情もあまり知らないけれど、
きちんとゴミの分別のことを把握できる人に使わなくなった品々をあげたいのだが、
周りを見渡すと、
それがなかなか難しいんだよね。



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by tanewomaku | 2012-11-07 06:39 | 日常

旅をしたゴミ

ゴミは旅をする。
現代社会に生きる私たち人々は様々の物を日々買っている。
物を買うと必然的に出てくるのはゴミというものであり、
包装紙、ビニール、食べ残し、もしくは使い古した物そのものであったり。
そうやって出てきたゴミはゴミ箱へ、
またはその辺に打ち捨てられ、
なかにはそのまま放置されていたりするものもあるが、
大半は廃品回収業者に回収される。
集められたゴミはトラックに乗って持ち運ばれ、
近い距離、長い距離、様々なゴミは様々な経路を辿っていくが、
どんなゴミでも行き着く所は最終処分場となる。

ナイロビ市の郊外のダンドラ(Dandora)に最終処分場があり、
そこはナイロビ市内からのゴミが収集されてきているのだが、
そう、旅をしてきた全てのゴミはここに集まる。
10月の中旬、
環境教育系の青年海外協力隊員が主催するスタディ・ツアーが開催されたのだが、
今回の目的はこのダンドラのゴミ処分場見学。
以前見たBBCの写真特集でこの処分場に興味が沸き、
ぜひ行ってみたいと思いすぐに参加のメールを送った。

ダンドラはナイロビ市の東部にあり、
中心から約30分ぐらいか。
どこにあるのだろうと思っていると、
住宅街の中にいきなりゴミ山が聳え立っているのが見えてくる。
周りは住宅に囲まれているが一歩入るとゴミの山が堆積しており、
また壁一つ隔てて小学校も隣接している。
境界線のあっちとこっちとでは全く違った光景が広がっているのだが、
ここの施設担当者から聞いた話によると、
1日当り700tから1000tの量が運ばれてきて、
昼夜問わず職員が対応している。
1986年に完成してだいたい四半世紀経っているが、
面積が25haもある広大な敷地はもう埋め尽くされて限界を超えているとのこと。
トラックから運ばれてきたゴミはブルドーザーなどで単にならされるだけらしい。

周囲はゴミの異様な匂いが立ち込め、
かなりの数のハゲコウが頭上を飛んでいたり、また生ゴミを漁っていたりするが、
そんな中で、
ウエィスト・ピッカーまたはスカベンジャーという人々がここで生計を立てている。
ここで捨てられたゴミを漁りリサイクル品として使えるものを拾って、
お金を稼いでいる人たちのことをいう。
集められているゴミは分別なんでされていないので、
こうやってダンドラの処分場で手作業で彼らが仕分けしている。
なかにはここから出たこともない人がいるらしく、
文字通りダンドラが自分の世界となっている。
大半の日本人にとってはなかなか想像するのが難しいヘビーな現実である。
高台に立ち、辺りを見回してみると、
食事をしている人やチャイを飲んでいる人もいれば、
ビリヤード台なんかも置かれていたりして、
ここが生活圏であることが簡単に見てとれる。

ゴミ山で有名なのはフィリピンのスモーキー・マウンテンなどが挙げられるが、
ここダンドラも、
ある調査機関によると世界で最も汚染された地域の一つに数えられる。
実際建設当初、元々ここは廃棄処理施設としての位置付けをしていなかった為、
汚染水の管理が十分ではなく、
近くを流れているナイロビ川等に汚染された水が流れ込んでいる。
また自然発火、野焼きなどの日々煙が出ており、
この辺に住んでいる健康被害も相当なものである。
この辺での就労者や近状に住んでいる人々は、
肺を悪くする人が多いそうだ。
自分も2時間ぐらいいただけで気分が悪くなってしまった。

このダンドラのゴミ処分場、
とっくにオーバー・キャパシティなのでナイロビ市がJICAの協力により
新しい処分場を立てる計画があるのだが、
様々な問題があって現在暗礁に乗り上げているらしい。
その一つにはこのウエィスト・ピッカーたちの生活も関わっていて、
処理施設が移転すると彼らの仕事が無くなる訳で、
彼らは当然反対するわけだ。
また移転してからといってもここにある数十年も積み重ねられたゴミの大山は、
現状ではただ放置するしか手がないそうである。
たまに堆積したゴミが崩壊し、人が巻き込まれて死者も出ているとのこと。
問題があるのはみんなが分かっているのだが誰も手がつけられない状態、
というまさに見本なような所だ。

もし可能であれば、人は一度はこういう光景を自分の目で見たほうがいいかもしれない。
どんなに言葉を紡いでも、実際に見てみないことには分からない景色が世の中にはあるのだから。



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by tanewomaku | 2012-10-20 21:02 | ケニア

天井、落ちる

ナイロビから帰ってきた火曜日。
玄関につくと天井が落ちていた。
この天井素材、やわらかいうえに雨水を大量に吸い込んでいて、
もう見るからにベコベコだったのだけれど、
どうやら先週末に一気に落ちたみたい。
何度も自分でDIYごとく修理をしたのだがそれも付け焼刃だったらしい。
この天井、去年の4月頃に張り替えたので、
実質1年半ぐらいしかもたなかった。

ケニアに暮らしていると、
物の品質でも技術の品質でも押しなべて先進国より低い。
自分の見立てだと、
先進国と途上国の経済格差ということではなく、
仕事の丁寧さの違いが見てとれる。
簡単に言ってしまうと仕事が雑なのである。
実際、落ちた天井の釘打ちはガタガタ。
きちんと丁寧に仕事をすれば、
もっと品質が上がるのにな、と常々思う。
ドイツやスイスを筆頭とした欧米、
また日本の職人さんの方々の仕事に対する姿勢、誇りというものが、
世界中から信頼される"高品質"という結果につながるのだろう。
こういう仕事人・職人の意識差にも、
途上国と先進国の差が現れるのかもしれない。



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by tanewomaku | 2012-10-19 04:01 | 日常

SNSのちから

ここ1、2年でSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)が日本でも本格的になってきた。
2000年初めからmixiみたいなサービスがあったけど、
東日本の震災があってから、
アメリカ生まれの本格派、facebookやtwitter等の有用性が巷でも認識され始め、
ここ最近ではブームではなくしっかりと根付いてきたと思う。

先日、ギャップイヤーを推進している団体から、
彼らが運営しているホームページ上のコーナーに、
エッセーの寄稿をお願いされた。
その寄稿依頼がtwitter経由。
どういう経緯で自分が選ばれたのかは分からないけど、
twitterのダイレクトメッセージでこういう依頼もくるようになったって、
なんだかすごい時代になったものである。
情報を検索するという手段が、
10年前と比べ比較的ハードルが低くなってきているので、
ちょっと変わったことをやっている人間を見つけて
コンタクトを取るというのが、
より簡単になってきたということなのであろう。
SNSによって、
新しい人生を切り開いた人や知らなかった世界を見つけた人もいっぱいいるわけで、
この新参のコミュニケーション手段が、人生を豊かにしてくれる一つのツール、
となってくれることを期待したいね。

先日その文章を提出したが、さっそくホームページに掲載された。
ご興味があれば、ぜひ。


JGAP エッセイ集 フロンティア・フォーラム:
「ケニアでPCを教える日常で想うこと」



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by tanewomaku | 2012-07-08 17:50 | アイテム

一緒に喰らえ

やし酒でヘベレケになっていた時に、
同席していた現地の人からの一言。
「日本人は俺たちと同じものを食ってくれるから大好きだ」
この日はつまみに牛の煮込みを食べてたのだが、
旨い旨い、と食べていたのだ。
この人から聞くところによると外国人にも何回が振舞ったみたいだけど、
なかなか口につけようとしないんだって。
それを聞いて日本人って、食に関しては飽くなきチャレンジ精神を持っているのだなー、
と何か納得できるという思いになった。
自分ができる限り現地で出された食事を食べようと思い始めたのは、
辺見庸の「もの食う人々」を読んでからかな。
チェルノブイリで原子力スープまで飲んだ著者の凄さに感激して、
自分もこの姿勢を見習いたいと幸か不幸か思ってしまった。
彼らが食ってるんだから、腹は壊すことがあったとしてもまあ死ぬことはないだろう、
ということで、インド、ケニアと途上国で面食らう料理が出てきても、
一口は必ず食べるようにしてきたのである。
食えるものは食う、生きていくにはこの姿勢が大切なのではないだろうか。
傍から見ると、日本人も相当奇妙なものを食べてるからな。
生魚、いくら、海苔、納豆、ごぼう、いなご、etcetc
日本人だったらいたって普通な食材だけど、
外国人からは相当奇異に見られる。
そんな彼らも、
日本に長く住んでいるうちに逆に好物になってくる物もいっぱいあるわけで。
まあ要するに、食べ慣れたら何であろうとどっていうことないのだろう。
そんな姿を見て、我ら日本人も彼らに好感を持つ人も多いことと思う。
現地の人と仲良くなるには、
やはり彼らと同じものを飲み、同じものを喰らうことが大切。



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by tanewomaku | 2012-05-15 23:29 | 海外

活動半ばの報告書

青年海外協力隊の義務の一つに報告書を2年で5回出す、という話は以前にも書いた。
この前、ちょうど任期の半分である1年を経過した時点で提出する3号報告書を書き上げた。
この1年を振り返ってみてどうでしたか、みたいな内容であるが、
活動に関する部分の内容を今回載せてみた。
ブログではあんまり活動内容のことを書いていないので、
普段はどんな仕事をしているんだという一端をお見せできれば、という所存。
コンピュータ系の仕事をしているので内容はちょっと技術より。


活動の進捗状況
ハードウェアメンテナンスコースの授業をメインの活動として行っている。クラスに対する活動では落第者を出さずに学年度末を終えたのが最低限の仕事を果たした感がある。ただ、次章でも述べるがシラバスの内容が最後まで終わらなかったので、学生に対し申し訳ない事をした。
 PCラボのネットワーク構築では、当校にITの専門技師であるテクニシャンがいるので、彼をメインとし問題があればヘルプするというスタンスで進めているが、如何せんLAN(Local Area Network)用ネットワーク機器(スイッチ、ケーブル、ラッチ等)が注文してから3ヶ月経っても届かない為に進捗が無い。
 また副教材の質問集に関しては、色々と情報を足していっていたら完成が見えなくなってしまっているので、適度な内容で切り上げにして完成とさせたい。
 ICT学科の同僚とは基本的に良好な関係であったと思うが、彼らに何かしらのインパクトを与えたり、現状を改善するような何かを伝えたかと言われると疑問である。執筆者としてはこれを反省と捉えて、これからは対立する事があるかもしれないのだが、もっと学科の同僚達とは色々な事に深くコミットメントしていきたいと考えている。



着任後1年時点の活動結果と課題及び課題に対する解決案
着任当時、本学校長またICT学科共に授業を担当して欲しいという事だったので、ハードウェアメンテナンスコースの授業を担当することになったのだが、ただしかし、ほぼ1年を通して授業をしてみた結果、シラバスの内容を全て教えるには至らなかった。これは授業内容と授業時間のバランスが問題であるが、2012年1月から始まる次年度では、教える内容の見直しを行なう。具体的には①基本的知識、②今後の技術動向、③ケニアでよく見受けられる技術的問題、この3点に重点的にフォーカスしていく予定である。しかし年度末にシラバスに沿った最終試験があるので、そのバランスの兼ね合いを慎重に考慮しないといけない。
 また他に、現状の課題としては実習の少なさがある。使用できる教室が少ない、機器が壊れている、またそもそも学校に存在していないというのが理由であるが、解決策としては、修理部品の購入、また新しいPCを導入、また接続機器の購入等が考えられる。学校側で予算がついていて、これらの中では幾つか購入、または購入予定であるのだが、実際には現物がまだ届いていなく、これもスケジュールどおり行かないという問題例の一つである。




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by tanewomaku | 2012-01-21 04:16 | ケニア

大晦日に思うこと、ケニアにて




気がつくと大晦日。
今年もあれよあれよと最後の日になってしまった。
というわけで今年の振り返りと来年の目標をブツブツと書いてみる。

1月の始めにケニアに来て以来、
前半の6月まではかなり時間が長く感じられた。
おそらくやることも大してなく、
基本的に相当暇だったからだと思う。
その後、仕事にも慣れてきて、
自分から色々とやることも見つけることができたので、
だんだんと時間が経つのかはやくなっていったかな。
また遊びも充実してきたのもこの時期ぐらいだったし。
やることがなくて暇っていうのも、
なかなかしんどい状況なのだなということが分かった1年だったかな。

日本とケニアの一番の違いは、
自分の心の中では感情の起伏だったかもしれない。
日本にいる時、特に日本で働いている時は、
基本的に感情がローでいることが多かったのだけれど、
ここケニアでは、いかなる時もテンションの上がり下がりが激しかった。
いいことがあったのでさっきまで気分が高揚していたのだが、
すぐに嫌なことが起きてイライラし始めたり。
なにか感情が原始的な起伏に左右されることが多かった気がする。
この歳になって、
いい大人(子供ではない)に「チン・チョン・チャン」と言われて本気で怒ると思っていなかったしね(笑)。

今年の一番の反省として、そしてそれを踏まえての来年の目標は、
もっとケニア人の中に入っていこうということ。
人との深い付き合いが比較的苦手な自分は、
日本人同士でもそういう状況に陥るとけっこうギクシャクしがちだったのであるが、
これが文化も言語も違うケニア人だったら言わずもがな。
自分でいとも簡単に認識にできるほど、
ケニア人コミュニティに深く携われなかったと思う。
とりわけ自分の学科の先生とはしっくりいかなかった。
他の学科の先生やまた学校の事務方とは、
まあそれなりに仲良くやっていたのだけれど、
いざ自分の学科の先生と接した時、
同じ職種、同じ仕事人として彼らを見てしまうと、
ストレスを溜めるばかりになっていた。
なので自然と無意識に彼らをエクスキューズをしてしまい、
あまり関わらないようにしてきたことを否定できない。
やっぱりこれじゃいけないよね。
彼らに好かれようが嫌われようが、
何があっても残り1年。
もっと深く関わりあっていくことが、
協力隊隊員としてあるべき姿だと自分でも思っているので、
できうる限りガチンコの付き合いをしてみたいと考えている。
どうなるかはわからないけど、
彼らに何かインパクトを与えるのと同時に自己変革も一緒に試すのも悪くはないし。
不安でもあるけど、そういうことを楽しんでみたいと思う。
歳をとってもチャレンジできる環境っていうのはなんとも素晴らしいもんだ。

他にも書きたいことはいっぱいあるけれど、
それは来年においおいと書いていこうかな。
そういうわけで、このエントリーが2011年最後の記事。
今年をお付き合いくださいましてどうもありがとうございました。
来年の2012年もまたよろしくお願いいたします。



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by tanewomaku | 2011-12-31 07:40 | ケニア

年末は読書三昧

ヨネサンからの贈り物その2。
活字中毒までとはいかないまでも、
本や雑誌を読むのが好きなので、
日本から何冊か本を持ってきてほしいなと頼んでおいた。
これで年末年始は読書に励めると思ったけど、
しょっぱなに読んだ本が今年一番の書物になった。

最後の冒険家」 集英社刊 石川直樹著
冒険家(本人はそう思ってないらしいけれど)の石川直樹が書いた、
神田道夫の物語である。
熱気球で太平洋横断を試みようとして、
一時マスコミにも話題になった人物だが、
不運にも2回目の挑戦時に太平洋沖合いで消息を絶った。
その挑戦に向けて正気と狂気のギリギリの所で突き進んでゆこうとする
彼の姿が非常に切なく、また羨ましくもあった。
熱気球バカ、と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、
彼の姿勢、そして何を成し遂げようとしていたのかを深く考えさせられる。
何かに深く打ち込みたいと思う方には一読をお勧めしたい良書。



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by tanewomaku | 2011-12-31 06:34 | 好きなもの

持つべきものは同期の絆

エチオピアへ訪問にあたり、
エチオピア派遣の協力隊同期にお世話になった。

エチオピア、まず英語があまり通じないので、
アムハラ語が主体となってやり取りされる。
なので海外からぽんと単身でくるとなかなか人々とのコミュニケーションが厳しい。
しかしアムハラ語の素養が彼らにあるので、
値段交渉や質問等の場面ですごく助けられた。
また社会制度も以前社会主義だった影響もあってか、
携帯等の手続きのインフラがちょっとややこしい。
ケニアと同様にエチオピアもプリペイド式の支払い方法なのであるが、
そのチャージの案内がアムハラ語だったりするのである。
なので携帯を渡して使えるようにしてもらったり。

そして地方に行った時も、
まず普通の観光では案内されないような場所を色々と紹介してくれた。
普通の民家や地元の酒場など、こんなローカルな場所や施設は一人だったら絶対入れない。
また食べ物に関しても協力隊のネットワークじゃなかったら行けなかっただろうなと思う。

不慣れな自分をここまで色々とお世話してくれて本当に嬉しく、
感謝の念でつきません。
この場を借りて、お礼を言いたい。
どうもありがとう。



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by tanewomaku | 2011-12-28 19:24 | 海外

昭和歌謡と呼ばないで

国によって音楽は独特なものを形成している。
同じ英語圏でも、アメリカとイギリスでは全く趣が異なるし、
ましてや言語が違ったらその違いもよりいっそう異なってくる。

今回のエチオピアでのバスでの移動中、また店先から聞こえてくる音楽。
それはまるで日本のような韻を踏んでいるような、
なんだか懐かしさを感じさせる曲が頻繁に聞こえてきた。
それはまるで昭和歌謡を思わせるような曲調で、
イントロからはあの演歌のような旋律。
まるでサビにはこぶしが聞こえてくるような気分にさせられる。
エチオピアという国は、
どうも山陰やら北陸を思わせるような裏日本的な土地柄で、
なんだかそちらのような雰囲気を醸し出しているのだが、
歌も似たような感じになってくるのか。

短い旅であったが、
日本人だったらエチオピア歌謡にすんなり入れると思った次第。
特に昭和歌謡に慣れしたんだ世代にとっては。



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by tanewomaku | 2011-12-27 23:23 | 海外