ケニア、種を蒔く

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外国に住むことの弊害

外国に住んでいると、
当たり前だけど全く日本とは違う経験をする。
更には好き好んでアフリカなんかに行ってしまうと、
この国外での経験があまりに圧倒されてしまう場合がある。
喜怒哀楽のメーターが、
全ての感情で日本にいる時よりもはるかに大きく振れてしまうのだ。

そんなような国外体験をしてしまい日本に帰ると、
かなりの人は日常に支障をきたしてしまうのではないだろうか。
何をやっていてもつまらないというか、
周りの雰囲気と温度差を感じてしまうのだ。
実を言うと、なにを隠そう自分がそうだった。
オーストラリアとニュージーランドに1年半住んでいて、
そこから帰って来てまたしばらく日本でサラリーマン勤めをしたのだが、
これが見事なまでにかみ合わない日々を送ることになってしまったのである。

友達と話していても、
今はやりのテレビ番組やら、
週末のゴルフの話。
それから結婚している人なら家庭の愚痴やらを聞いたりしたり。
また会社内の同僚とは、
どこの会社が好景気だとか、
誰が昇進したとか、
また上司から深夜まで熱く、人生ですべきこと、みたいな話を聞かされたりしたり。
その手の類の話で周りが盛り上がっているのだが、
自分自身は聞いていても全然話がつまらない。
日本人集団から飛び出した者は、集団内の話にどうやら一歩引いた立場を取ってしまうのか。
これには、少なからず日本以外で過ごした経験がなにかしら影響しているのだろうと思う。

一回外に出た人がまた日本に戻ってきても馴染めず、
また外国に行ってしまう、っていうことはこういうことではないのかなと、
我が身を持ってよく理解できた。

オセアニアみたいなある程度発展している地域でもそうだったのだから、
ここ途上国のケニアから日本に帰国した時の自分が感じる違和感といったら、
また相当なものだろうなと今からでもひしひしと感じる。
なんせ日常に関しては、
オーストラリアにいた時よりも更に振り幅がある生活をしているのだから。
もっぱら「怒」とか「哀」の方に感情が振れる時の方が多いけれど。

もうそろそろケニア生活の折り返し地点だけど、
今度の帰国後はできるだけ、
日本社会とのギャップを受けないような生活を始めたいものである。



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by tanewomaku | 2011-12-02 04:07 | 海外

心が重くなる

メールソフトを開いて、
いつものようにメールをチェックしていたら、
あるメールに釘付けになった。
協力隊の同期からだったのだが、
そのメールにはヘンリーが死んだと書いてある。

青年海外協力隊では、
任国に赴任する前に2ヶ月ほど国内で赴任前訓練を受ける。
主だった内容は語学と国際協力関係の講習の2本立てなのであるが、
その語学では自分は英語を必須言語としていたので、
当然英語の研修を受ける事となった。
二本松訓練所の英語受講者は、
午前は英語全般を勉強するホームクラス、
午後は専門分野の英語をターゲットとしたテクニカルクラスに分かれる。
テクニカルクラスでは、我々コンピュータ系の隊員は、
主にコンピュータに関する英語の知識、
また模擬授業や会議用のプレゼンテーション等を集中的に行うのであるが、
その担当の先生がヘンリーだった。

ヘンリーという人はなかなか変わった人で、
はじめの頃はピエロみたいな動きをして生徒を笑わせたり、
配るプリントも、
おちゃらけた遊びのような代物だったけれど、
しっかりと英語の学習教材になっていて、
なにか独特の雰囲気を持った教え方をしていた。
しかし的確なアドバイスや素晴らしい教授法、
また人柄もニュージーランド人らしい誠実な持ち様で、
この人の言うことは素直に聞いておこうと思わせるタイプの人でもあった。
仕事に関しては、まさしくプロの英語教師だったと思う。

そして個人的な思い出はというと、
最初の懇親会で始めて喋った教師が彼だった。
基本的に自分は人見知りであまり自らは話しかけない性格なのであるが、
目の前に突然金髪の男性が現れ、黙っているのもなんだか変なので、
ちょっとおっかなびっくり話したのだが、
その人がまさしく彼だったのである。
この時は、まさか自分の担当教師になるとは思ってもいなかったのだけど。
始めは適当に当たり障りのない会話をしていたが、
彼がキィウィだと知ったら、
ニュージーランドをぶらぶらと3ヶ月も放浪していた自分としては、
訪れたことがあるワイカト地方出身の彼とも共通な話題があって、
ニュージーランドの思い出話ができてとても楽しく話した。
そして自分のテクニカルクラスの担当が彼だと知った時は当然嬉しく思うことになる。
その後も、色々と英語の事とか二本松の事等、
お互い暇な時は雑談を楽しんだものだった。

ここ最近、知人や友達が立て続けに亡くなっていて、
どうしたものかと思ってしまう。
悪い流れにでも乗ってしまったのだろうかと、
なんだか暗い気持ちになってくる。

ヘンリー、お亡くなりになる1週間前までは、
まだ歩ける状態みたいだったらしいが、
突然の他界だったようだ。
ここに謹んでご冥福をお祈りしたい。


下の写真はほぼ約1年前、
アウトドアレッスンという課外授業で、
岳温泉の足湯にテクニカルクラスのメンバーで入った写真。
1年前のことだけど、つい数日前のように思い起こされる。
知らせを聞いて、この写真を引っ張り出して眺めていたけれど、
やはり心が重くなる。



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by tanewomaku | 2011-11-10 07:28 | 日常

夜食を取りながら深夜食堂

海外で見よう、日本のテレビ。
その2は「深夜食堂」
最近、食事をしながら見ているドラマはこれだ。

ちょうど2年前、会社から帰ってきた深夜、
ウダウダとソファで寝転がってテレビのチャネルを切り替えていたら、
最近のテレビ画面からは全く見られないようなオープニングに出くわした。
その昭和レトロ風の作りに引き込まれ、
本編まで見たのだが、何とも味わい深い作品だった。
それが初めてみる深夜食堂のドラマであったのだが、
その回はもうシーズンのかなりの後半で、
全部のストーリーは見られなかった。
なんだか惜しく、いつか見てみたいと思っていたのだが、
ビデオも出ているし、
時間も(不本意ながら)かなりあることなので、
親が視察の旅に来るタイミングで、
DVDを持ってきてもらった。

めしやのオーナー、マスター役の小林薫がなかなか渋い。
こういう役をやらせたら一品である。
また不破万作のあの客はまさに原作のまんまだから、
不破をイメージしてあのキャラクターを作ったのかと思う。
また、安藤玉恵、でんでん、おかだ森魚、風間トオル、オダギリジョーなど、
渋めで確かな俳優人が出演しているのも魅力。
またもう一方の主役である毎回毎回出る食事は、
ウィンナー、ねこまんま、ポテトサラダ、カツ丼、焼きそばと、
普段食べるような食事なのだけれど、
ケニアで見ていると涎が出てくる。
ストーリーもほろ苦いというか、味が染み出ているというか、
最近、涙腺が弱くなったこともあり、
2回に1回はなんだか涙ぐんでしまう作品だ。

心も小腹も満たしたい人には確かにお勧めの作品。
現在日本ではパート2が放映しているらしいので、
帰国した時に見てみたい。


「深夜食堂」公式サイト



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by tanewomaku | 2011-11-03 07:33 | 日本

ケニアでどうでしょう

海外生活をしていると日本の物が恋しくなったりする。
食事、服、音楽、その他諸々。
その中の1つにテレビ番組がある。
日本で一人暮らししていた時はテレビは持っていなく、
また実家にいた時もスポーツか旅番組しか見ていなかったのだが、
日本が恋しいのか、ケニアに来てから日本のテレビ番組をよく見るようになる。
確実に日本に住んでいる時より見ているのだが、
ここ最近見ているテレビ番組を紹介してみたい。
というわけで、海外で見よう、日本のテレビ。その1。

1ヶ月ほど前までは伝説のお笑い番組、
「水曜どうでしょう」
をよく見ていた。
名前を知っていたのだが、
こんなに面白い番組だとは思わなかった。
悔しい、もっと前から見とけばよかった。
今は全国で人気の大泉洋が大ブレークした作品である。
基本路線は男4人で旅をする番組なのだが、
目的地ではなくその途中の過程にスポットを当てている。
その道中記が凄く面白い。
お笑い番組の中では一線を越した出来である。
この番組、北海道の放送局、HTBが製作で、
関東ではテレビ朝日系列なのだが、
拗ねてるのかテレビ朝日の地上波では放送していない。
全国でかなりの視聴率を取っているので、
関東でもオンタイムでやってくれよと思ったものであるが、
こうして今、ケニアで見ている次第である。


「水曜どうでしょう」公式サイト



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by tanewomaku | 2011-11-03 07:30 | 日本

日本人であるということ

海外で暮らしていると、自分が日本人だということを強く意識する瞬間がある。
異邦人という立場上、自分がその社会からは異質な存在であることを嫌というほど味わう。
でもそこには逆に、日本で暮らしているとそれがあまりにも自然で、
さらりと受け流してしまうような日本人の民族性に対し、非常に敏感になってくる。
ケニアに来てから2ヶ月過ぎた昨日も、強烈にそれを意識させられた。
宮城沖での大地震、大津波のニュースを知った時から、インターネットに噛り付きになった。
刻々と入るニュースに胸がふたがれる思いを持ちながら。

自分は日本国政府関係のボランティアという立場でケニアにいるのだが、
今、一番助けを必要とされるのは日本人ではないかと。
なにか自分がちぐはぐな事をやっているようで、大変申し訳なく、また何もできない自分に苛立つ。
ツイッターを使って、色々と大事だと思われる情報を共有したりしたけれど、
これも、ただの自国民へのエクスキューズなのかと自己嫌悪気味になったりもした。

今日もセンチメントな気分だったが、
ケニアの方から温かいお言葉をかけてもらって、
少し癒された気がする。

お亡くなりになった方に深い哀悼の意を捧げ、
一人でも多くの方が助けだされることを祈ってやまない。
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by tanewomaku | 2011-03-13 01:09 | 日本

2010の年末

あっという間に今年も年末。
皆さんもいいお年で。
写真は新宿の高層ビルからの風景。
この光景もしばらくお別れ。


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by tanewomaku | 2010-12-31 21:24 | 出発前

横浜深夜散歩

先日、東京で飲み会をしていた帰り、
終電を逃して横浜駅までしか辿り着かず。
しょうがないので、マクドナルドで3時まで過ごすも、
清掃員に邪魔だということなのか、さっさと追い出される。

その後プラプラと深夜の横浜を散歩してみた。
日中の喧騒とは違って、静寂の大都会でなかなか素敵だ。
楽しくなったのでパシャパシャと写真を撮ってみた。
特にみなとみらい。
完全なる近未来都市で、SF小説の都市のような威容だったな。

深夜の横浜散歩、またやりたいね。


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by tanewomaku | 2010-12-23 04:41 | 日常

訓練が終わり

二本松での訓練も終わり、はや10日。
いろいろあったな。
と言って、お茶を濁す。
頻繁に更新しようと思ったけど、忙しすぎてできなかったのね。
いい訳だけど。
やる気と機会があったら振り返ってポツポツと書いていきます。

ケニアに経つ日は1月5日。
関空発、ドバイ経由ナイロビ行き。
それからが本番。


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by tanewomaku | 2010-12-20 02:17 | 出発前

食い倒れの函館

函館は港町。
というわけで、魚介類がえらい美味しい。
というより、全体的に美味しい。
何を食べても当たりばかりだった。
食の街の冠も伊達ではない。

食べ過ぎて3日で1kg太っちゃったけど・・・


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by tanewomaku | 2010-09-27 19:03 | trip

函館散歩

函館に行ってきた。
今まで、ずっと行きたかった街だったのだが、
なかなか機会がなくこれまで行きそびれてきたのだが、
ようやくいいタイミングに巡り合って、訪れることになった。

この街、思ってた以上にお洒落でハイソな街だった。
首都圏ではあまりお目にかかれないような、
グッと味があるようなカフェもいっぱいあって、
かなりの好印象。
今住んでいる横浜は、どこにでもある無機質な建物ばかりだが、
函館は昔ながらの建物もそれなりに残っており、
街に品格があると思わせる。

すっかり気に入ってしまった。
これから何度も行く気がする予感。


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by tanewomaku | 2010-09-27 18:56 | trip