今回帰国したのは21年度4次隊と22年度1次隊現職隊員の約20人。
ガクンと人が減ってしまった。
仲がいい人が多かったので寂しい思いもあるけど、
これからの彼らの活躍を期待したい。
ケニア生活がいい思い出になればいいね。

ガクンと人が減ってしまった。
仲がいい人が多かったので寂しい思いもあるけど、
これからの彼らの活躍を期待したい。
ケニア生活がいい思い出になればいいね。

友人隊員に誘われて日本語出張講座のお手伝いをしてきた。
場所は最近よく行くナイロビ郊外のジョモ・ケニヤッタ大学。
この日は語学フェスタということで、
その一角を日本語のブースがあった。
折り紙、指圧、書道、そしてお寿司コーナー等が展示されてあったけど、
なかなかの盛況ぶりでちょっと日本人として嬉しかったかもしれない。
またケニア隊の相撲部部長による、
ケニア人との相撲対決は大いに盛り上がってた。
彼ら、あのまわし姿はどのように思ってたのか気になる気になる。




場所は最近よく行くナイロビ郊外のジョモ・ケニヤッタ大学。
この日は語学フェスタということで、
その一角を日本語のブースがあった。
折り紙、指圧、書道、そしてお寿司コーナー等が展示されてあったけど、
なかなかの盛況ぶりでちょっと日本人として嬉しかったかもしれない。
またケニア隊の相撲部部長による、
ケニア人との相撲対決は大いに盛り上がってた。
彼ら、あのまわし姿はどのように思ってたのか気になる気になる。




熱帯地域では避けては通れないマラリア。
その講習が自分が住んでいるカカメガで行われた。
場所はあのロンド・リトリート。
こんな贅沢な空間で講習を受ける幸せ。
昼下がり、テラスで気持ちよい午後の風を感じながら、
マラリアについての話を聞いた。
ケニアのマラリア事情は、東部より西部の方が圧倒的に罹患者が多いらしい。
イメージ的には海がありすごい暑いコースト側だと思っていたのだけれど、
どうやら川や雨水の綺麗な水が多い西部の方がマラリア感染の媒介となる蚊、ハマダラカが育ちやすいみたい。
実際ここ3年間でJICA関係者でマラリアにかかったのはキスムから西部の在住者ばかりとのこと。
でも標高がキスム近辺より500m以上高いカカメガ近辺はあまりマラリアの話は聞かないんだけどね。
マラリア、怖いもの見たさで1回かかってみたくもないが、
ケニアにいる間は縁がないことを祈る。


その講習が自分が住んでいるカカメガで行われた。
場所はあのロンド・リトリート。
こんな贅沢な空間で講習を受ける幸せ。
昼下がり、テラスで気持ちよい午後の風を感じながら、
マラリアについての話を聞いた。
ケニアのマラリア事情は、東部より西部の方が圧倒的に罹患者が多いらしい。
イメージ的には海がありすごい暑いコースト側だと思っていたのだけれど、
どうやら川や雨水の綺麗な水が多い西部の方がマラリア感染の媒介となる蚊、ハマダラカが育ちやすいみたい。
実際ここ3年間でJICA関係者でマラリアにかかったのはキスムから西部の在住者ばかりとのこと。
でも標高がキスム近辺より500m以上高いカカメガ近辺はあまりマラリアの話は聞かないんだけどね。
マラリア、怖いもの見たさで1回かかってみたくもないが、
ケニアにいる間は縁がないことを祈る。


3月の中旬、森の人カトーさんの配属先にて、
さよならパーティーに参加してきた。
カトーさんにはケニア生活でとてもお世話になったので、
カカメガフォレストからいなくなると寂しくなるけれど、
みんな任期があるのでこれもしょうがない。
彼の人柄からか参加人数が50人ぐらいにのぼり、
カカメガフォレストにおける
KWS(Kenya Wildlife Service)、KFS(Kenya Forest Service)の両管轄の属長や、
ディストリクト長である県知事まで出席していた。
みんなスワヒリ語のスピーチであまり理解できなかったのだけど、
一人一人のスピーチは、みんな彼を称えていたのではないだろうか。
なぜか自分も主賓側に座らされてスピーチする羽目になり冷や汗をかいたけど、
多少は笑いを取れたのでまあ即興にしては上出来だったかな。
大人数の集まりが苦手なカトーさんは憂鬱そうな顔をしていたけど、
いい会だったと思う。

さよならパーティーに参加してきた。
カトーさんにはケニア生活でとてもお世話になったので、
カカメガフォレストからいなくなると寂しくなるけれど、
みんな任期があるのでこれもしょうがない。
彼の人柄からか参加人数が50人ぐらいにのぼり、
カカメガフォレストにおける
KWS(Kenya Wildlife Service)、KFS(Kenya Forest Service)の両管轄の属長や、
ディストリクト長である県知事まで出席していた。
みんなスワヒリ語のスピーチであまり理解できなかったのだけど、
一人一人のスピーチは、みんな彼を称えていたのではないだろうか。
なぜか自分も主賓側に座らされてスピーチする羽目になり冷や汗をかいたけど、
多少は笑いを取れたのでまあ即興にしては上出来だったかな。
大人数の集まりが苦手なカトーさんは憂鬱そうな顔をしていたけど、
いい会だったと思う。

2ヶ月ほど前、キスム方面に出かける為、
シガラガラにあるこじんまりとしたマタツ乗り場に向かった。
そのマタツ乗り場はT字路にあるので、
乗り場に着く前にマタツが到着したのが見える。
自分がこの時向かっていた際もマタツが到着したのが確認でき、
車掌も自分を呼んでいた為、
小走りにそのバンに向かっていたのだが、
ふとマタツ乗り場の中央辺りに目をやると、
そこに少年が倒れていた。
体型的には10歳ぐらいだったろうか。
ただその奇異さはすぐに認識できた。
上半身はTシャツを着ていたが下半身は裸。
ズボンが辺りに脱ぎ捨てているわけでもない。
また足が普通だったら絶対曲がらない方向に向いていた。
そして、彼はピクリとも動いていない。
いつもマタツ乗り場前では、
呼び込み、バイクタクシーの運転手、
また仕事もないのか何をしているのか分からない輩達、
そういう人達がたむろしているのだが、
彼らもその倒れている少年に全く注意を払う気配もない。
自分は、彼を一瞥しただけでギョッとするほど驚いたので、
いくら日本人とケニア人が人種が違うといっても、
その普通ではない姿には当然彼らも気づくであろう。
あまりに驚き目が釘付けになったのだが、
マタツの車掌に急かされてすぐにマタツに乗せられてしまった。
その眺めていた間は5秒、10秒ぐらいとかなり短い時間だったと思う。
乗車した後すぐに出発してしまい見えなくなってしまったが、
あれは何だったのだろうと色々と車内で考えていた。
寝てただけか、それとも何らかの理由で気絶していた、
または少年の死体が放置してあったのか。
あのちょっとの時間だけでは何とも判断できないのだが、
何か苦いものが口の中に溢れてくる。
それというのも、以前ケニア人の友人から聞いた話がある。
ケニアでは昔からの風習で、
悪事を働いた人間、また不吉な存在だと周囲に思われている人間を、
リンチに合わすことがあるという。
「悪いことをした奴はそういう憂き目に会うんだよ。」
というふうに語っていたが、
その度合いについては、噂に聞くところによると死に至る場合もよくあるらしい。
今では当然ケニアも法治国家であるので、
一般的には犯罪人は警察に捕まり裁判を受け、
きちんとした手続きを経て罪を償うのがルールだ。
だがしかし、この法治国家になってから数十年が経った現在でも、
時たまこういうリンチ、私刑が今だひっそり、
しかし、確実に日常の闇では行われている。
数百年、もしくは千年単位で続いていた風習がちょっとやそっとの期間じゃ変わらない。
あの少年も何かを理由に周囲からそんな暴行を受けたのだろうか。
自分はあの光景を見た時、
何かをするべきだったのだろうか、それともしなくてよかったのだろうか。
立ち止まって様子を伺うぐらいしてもよかったし、
またはもっと近づいて確かめるべきだったかもしれない。
しかし、あまりにその少年が倒れている光景が自然というか、
辺りに数十人もの人がいるのに誰も彼を見向きもしていないというのが、
自分の思考を止めさせてしまった。
まるでデビィッド・リンチの映画のシーンのような、
何とも普通じゃない光景が自分を圧倒させたのは間違いない。
その週末、その事が頭から離れなかった。
目にしていた時間は長くても10秒、
未だにあの時どうすればよかったのか判断がつかないし、
あれは何だったのかも説明できない。
用事を済ませて翌々日にシガラガラに戻った時、
その少年の姿はマタツ乗り場から消えていた。

シガラガラにあるこじんまりとしたマタツ乗り場に向かった。
そのマタツ乗り場はT字路にあるので、
乗り場に着く前にマタツが到着したのが見える。
自分がこの時向かっていた際もマタツが到着したのが確認でき、
車掌も自分を呼んでいた為、
小走りにそのバンに向かっていたのだが、
ふとマタツ乗り場の中央辺りに目をやると、
そこに少年が倒れていた。
体型的には10歳ぐらいだったろうか。
ただその奇異さはすぐに認識できた。
上半身はTシャツを着ていたが下半身は裸。
ズボンが辺りに脱ぎ捨てているわけでもない。
また足が普通だったら絶対曲がらない方向に向いていた。
そして、彼はピクリとも動いていない。
いつもマタツ乗り場前では、
呼び込み、バイクタクシーの運転手、
また仕事もないのか何をしているのか分からない輩達、
そういう人達がたむろしているのだが、
彼らもその倒れている少年に全く注意を払う気配もない。
自分は、彼を一瞥しただけでギョッとするほど驚いたので、
いくら日本人とケニア人が人種が違うといっても、
その普通ではない姿には当然彼らも気づくであろう。
あまりに驚き目が釘付けになったのだが、
マタツの車掌に急かされてすぐにマタツに乗せられてしまった。
その眺めていた間は5秒、10秒ぐらいとかなり短い時間だったと思う。
乗車した後すぐに出発してしまい見えなくなってしまったが、
あれは何だったのだろうと色々と車内で考えていた。
寝てただけか、それとも何らかの理由で気絶していた、
または少年の死体が放置してあったのか。
あのちょっとの時間だけでは何とも判断できないのだが、
何か苦いものが口の中に溢れてくる。
それというのも、以前ケニア人の友人から聞いた話がある。
ケニアでは昔からの風習で、
悪事を働いた人間、また不吉な存在だと周囲に思われている人間を、
リンチに合わすことがあるという。
「悪いことをした奴はそういう憂き目に会うんだよ。」
というふうに語っていたが、
その度合いについては、噂に聞くところによると死に至る場合もよくあるらしい。
今では当然ケニアも法治国家であるので、
一般的には犯罪人は警察に捕まり裁判を受け、
きちんとした手続きを経て罪を償うのがルールだ。
だがしかし、この法治国家になってから数十年が経った現在でも、
時たまこういうリンチ、私刑が今だひっそり、
しかし、確実に日常の闇では行われている。
数百年、もしくは千年単位で続いていた風習がちょっとやそっとの期間じゃ変わらない。
あの少年も何かを理由に周囲からそんな暴行を受けたのだろうか。
自分はあの光景を見た時、
何かをするべきだったのだろうか、それともしなくてよかったのだろうか。
立ち止まって様子を伺うぐらいしてもよかったし、
またはもっと近づいて確かめるべきだったかもしれない。
しかし、あまりにその少年が倒れている光景が自然というか、
辺りに数十人もの人がいるのに誰も彼を見向きもしていないというのが、
自分の思考を止めさせてしまった。
まるでデビィッド・リンチの映画のシーンのような、
何とも普通じゃない光景が自分を圧倒させたのは間違いない。
その週末、その事が頭から離れなかった。
目にしていた時間は長くても10秒、
未だにあの時どうすればよかったのか判断がつかないし、
あれは何だったのかも説明できない。
用事を済ませて翌々日にシガラガラに戻った時、
その少年の姿はマタツ乗り場から消えていた。


