ケニア、種を蒔く

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大晦日に思うこと、ケニアにて




気がつくと大晦日。
今年もあれよあれよと最後の日になってしまった。
というわけで今年の振り返りと来年の目標をブツブツと書いてみる。

1月の始めにケニアに来て以来、
前半の6月まではかなり時間が長く感じられた。
おそらくやることも大してなく、
基本的に相当暇だったからだと思う。
その後、仕事にも慣れてきて、
自分から色々とやることも見つけることができたので、
だんだんと時間が経つのかはやくなっていったかな。
また遊びも充実してきたのもこの時期ぐらいだったし。
やることがなくて暇っていうのも、
なかなかしんどい状況なのだなということが分かった1年だったかな。

日本とケニアの一番の違いは、
自分の心の中では感情の起伏だったかもしれない。
日本にいる時、特に日本で働いている時は、
基本的に感情がローでいることが多かったのだけれど、
ここケニアでは、いかなる時もテンションの上がり下がりが激しかった。
いいことがあったのでさっきまで気分が高揚していたのだが、
すぐに嫌なことが起きてイライラし始めたり。
なにか感情が原始的な起伏に左右されることが多かった気がする。
この歳になって、
いい大人(子供ではない)に「チン・チョン・チャン」と言われて本気で怒ると思っていなかったしね(笑)。

今年の一番の反省として、そしてそれを踏まえての来年の目標は、
もっとケニア人の中に入っていこうということ。
人との深い付き合いが比較的苦手な自分は、
日本人同士でもそういう状況に陥るとけっこうギクシャクしがちだったのであるが、
これが文化も言語も違うケニア人だったら言わずもがな。
自分でいとも簡単に認識にできるほど、
ケニア人コミュニティに深く携われなかったと思う。
とりわけ自分の学科の先生とはしっくりいかなかった。
他の学科の先生やまた学校の事務方とは、
まあそれなりに仲良くやっていたのだけれど、
いざ自分の学科の先生と接した時、
同じ職種、同じ仕事人として彼らを見てしまうと、
ストレスを溜めるばかりになっていた。
なので自然と無意識に彼らをエクスキューズをしてしまい、
あまり関わらないようにしてきたことを否定できない。
やっぱりこれじゃいけないよね。
彼らに好かれようが嫌われようが、
何があっても残り1年。
もっと深く関わりあっていくことが、
協力隊隊員としてあるべき姿だと自分でも思っているので、
できうる限りガチンコの付き合いをしてみたいと考えている。
どうなるかはわからないけど、
彼らに何かインパクトを与えるのと同時に自己変革も一緒に試すのも悪くはないし。
不安でもあるけど、そういうことを楽しんでみたいと思う。
歳をとってもチャレンジできる環境っていうのはなんとも素晴らしいもんだ。

他にも書きたいことはいっぱいあるけれど、
それは来年においおいと書いていこうかな。
そういうわけで、このエントリーが2011年最後の記事。
今年をお付き合いくださいましてどうもありがとうございました。
来年の2012年もまたよろしくお願いいたします。



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by tanewomaku | 2011-12-31 07:40 | ケニア

スーパーマーケット狂想曲

クリスマスホリデーで3週間ばかり任地を空けていたが、
帰ってきたら新たな展開が待っていた。
カカメガにあるスーパーマーケット。
商圏が大体20万人程だと思うのだが、
今までここでは"YAKO SUPERMARKET(ヤコ・スーパーマーケット)"と"Nakumatt(ナクマット)"が仲良くやってきた。
(ナクマットに関しては以前のブログエントリーもご参考してくださいませ)
だがしかし、ここに"TUSKYS(タスキス)"という新手が殴りこみをしかけてきた。
恐らくケニア人は、
この緑と黄色がトレードマークなTUSKYSを最愛の友としているのではないかと思うほど、
人気のスーパーマーケットなのだが、
これがとうとうカカメガにも進出してきたのである。
品揃えもなかなかのもので、
まあ大抵の品がここでも手に入れることができるようになった。
カカメガに使えるスーパーが増えて嬉しいのは確かなのだが、
共倒れしないかがちょっと心配である。
なんせ立地条件とか競合とかを、
全く考えてないような強気な出展計画をよくケニアでは見るので。
一消費者としてはこれらのスーパー皆仲良くやって頂くことを望みたい。

カカメガ、来た当初は田舎だと思っていたのだが、
これはもうそろそろキスムやエルドレッドぐらいの充実した街になるのではないだろうか。
これでCBA(Commercial Bank of Africa)さえできれば、
もはやカカメガから出なくても全てが用足りることになる。
ダイナミックではないにしても、少しでも躍動している街の近くに住んでるっていうのはやはり嬉しいな。



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by tanewomaku | 2011-12-31 06:41 | ケニア

年末は読書三昧

ヨネサンからの贈り物その2。
活字中毒までとはいかないまでも、
本や雑誌を読むのが好きなので、
日本から何冊か本を持ってきてほしいなと頼んでおいた。
これで年末年始は読書に励めると思ったけど、
しょっぱなに読んだ本が今年一番の書物になった。

最後の冒険家」 集英社刊 石川直樹著
冒険家(本人はそう思ってないらしいけれど)の石川直樹が書いた、
神田道夫の物語である。
熱気球で太平洋横断を試みようとして、
一時マスコミにも話題になった人物だが、
不運にも2回目の挑戦時に太平洋沖合いで消息を絶った。
その挑戦に向けて正気と狂気のギリギリの所で突き進んでゆこうとする
彼の姿が非常に切なく、また羨ましくもあった。
熱気球バカ、と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、
彼の姿勢、そして何を成し遂げようとしていたのかを深く考えさせられる。
何かに深く打ち込みたいと思う方には一読をお勧めしたい良書。



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by tanewomaku | 2011-12-31 06:34 | 好きなもの

コーヒードリップは日本製

ヨネサンからの贈り物その1。
ケニアで買ったコーヒー・プランジャーが1ヶ月でヒビが入った為、
日本からコーヒー・ドリップを持ってきてもらった。
プラスティック製なんだけど、
なんとメイド・イン・ジャパンの代物。
うん、大事に使おう。



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by tanewomaku | 2011-12-31 06:31 | アイテム

日本からの来訪者

日本からヨネサンが遊びにケニアまで来てくれた。
本当だったら10月に来る予定だったけど、
会社の休みが取れずに結局クリスマスホリデーシーズンになってしまったそう。
いや日本で働いてる方は大変だなと思う。

ケニア山に登っていた関係で最初の2日間はお相手することができずに、
優しい後輩隊員の方に彼女の相手をして頂いた。
この場で感謝を申し上げたい。

ヨネサン、相当ナイロビにはビビッていた様子で、
自分が来るまで宿から外に出なかったみたい。
やはり地球の歩き方のあの書き方がよくない。
ガイド書なのにまるでケニアには来るなという言っているようなものである。
やるなということをやらなければ、
ナイロビでも日中はまあ快適に外を歩けるぐらいに安全である。
なので彼女を夜のナイロビでエスコートしてあげた。
タクシー等で移動して比較的安全な場所なら、
普通に楽しい夜を過ごせますよ、ケニアでも。

次の日、任地のカカメガに移動。
民族大移動の週と重なりバスのチケットが手に入らず、
シャトルというステーションワゴン型のミニバスでキスム経由でカカメガへ。
朝一で行ったらすぐに乗れることができてラッキーだった。
途中、ケリチョーの悪路が揺れ1.5倍、長さ2倍になっている。
荒れる車内、よれる内臓。
ケニアの道路局幹部にいつか会ったら、
一発噛ましてやりたいほどの道路状況である。
久々にこの道でノックダウンされるも昼過ぎにキスムへ到着。
食事と買い物をして任地カカメガのシガラガラへ。
ここ自分の任地で協力隊員の生活を見てもらったが、
水汲みには驚いていたみたい。
もう自分は当たり前になっていたけど、
やはり日本から来るとなかなか新鮮なんだろうね。

次の日、カカメガで唯一誇れる場所、カカメガ・フォレストへ。
カトーさんのプロフェッショナルなガイドをしてもらう。
ヨネサン、ホンジュラスでも熱帯雨林ツアーを参加したそうだけど、
説明が無くてよくわからなかったそうで、
今回のカトーさんのツアーで初めて分かったこともありたいそう喜んでいた。
連れてきた甲斐がある。
次の日は朝早く起きて日の出を見ながらフォレストを散策。
いつ来ても早朝のフォレストは素晴らしい。
彼女も気持ちのいい時間を過ごしてくれたと思う。

そして午後には次の訪問地ウガンダへと旅たっていった。
ケニアはマチャコスとカカメガしか訪れないという、
なかなかマニアックなツアーになってしまったけど、
楽しんでくれたらな。
まぁ観光では普通行けないようなところばかりだったので、
一生に一度の経験になったはず。



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by tanewomaku | 2011-12-28 21:21 | ケニア

Mt.Kenya snap

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by tanewomaku | 2011-12-28 20:53 | ケニア

そこに山があったから

そこに山があったから…
先週、4泊5日でケニア山に登ってきた。
そこはUNESCO公式認定の世界遺産。
(公式認定でない世界遺産なんてあるかどうか知らないけど)
世界遺産ということだから登っとけ!
自分が企画したパーティーは5人編成だったけど、
同時期にも登る協力隊員もいて、
結果10人程の大所帯になった。
というわけで今回は日記風に書いてみる。

コースはメジャーなナニュキ-チョゴリア・ルート。
1日目まずはナニュキから程近いシリモンゲートまで移動するが、
なぜか普通のマタツだった。
途中お客さんを乗せたりするのでちょっと面食らう。
ここのシリモンゲート時点で2650mの標高だ。
ここから初日は標高3300mの第一の山小屋に向かう。
ひたすら登りでで初日からけっこうしんどかったけど、
森から高山植物にうつってゆく景色が印象的だった。



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2日目、ここから目指すレナナ峰の麓にある、
シンプトンズ・キャンプへ。
標高4200m、14kmの道のりである。
さすがに標高が高いせいもあってかすぐに息が切れる。
途中で見れる奇妙な高山植物群が非常に面白かった。
まるでスーパーマリオの世界みたい。



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3日目、午前中高度順応ということでこの日は軽めの登山。
ガイド曰く、ピクニックだと言っていたけど、
こんなにしんどいピクニックはない。
標高4200mから4500m級の峰まで行ってきた。
約半日の道のり。
午後は山小屋でウダウダしていた。
ところで標高4200mはさすがに寒い。
服を4枚ぐらい来ていたのだが全然寒かった。
夏でも山をなめるな、ということ。



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4日目、レナナ峰へアタック。
朝の2時起きで3時に出発。
ケニア山最高点は5199mバチアン峰であるが、
そこは本格登山の装備がないと行けないので、
普通登山で最高峰のレナナ峰(4985m)へアタック。
最初はゆるやかな上り坂もだんだんと急斜面になってゆき、
買ったばかりのトレッキングシューズでもかなり滑る。
そのうち残雪地帯に入っていき立ったままでは全然進まない事態に。
四つんばいになり、這い蹲りながら登っていた。
高所恐怖症ではない自分でも、夜だったからいいものも、
これが日中だったら怖くて登れなかったかもしれない。
約6時半頃に山頂に到着。
きれいな朝日を見ることができた。
さっ、これで後は降りるだけと思っていたけど、
それがかなり甘い見積もりに。
ここからある意味今回のケニア山登頂の本番を迎える。
まず山頂からの下りであるが、
崖のような岩場をひたすら下る。
これがけっこう滑って怖い。
また石が転がり落ちるので、
下にいる人たちに当たらないようにするのが一苦労する。
そして2、3時間かえてこの岩場を降り終えた後、
今度はいつ終わるかわからない野原をひたすら歩く。
ある所など尾根の端から端まで歩かされた。
はっきり言って、アホなんじゃないかと思うほどの長さである。
普通は半分ほどの距離に山小屋があってしかるべきの距離。
案の定、途中から足の平が痛くなり、まめが幾つか潰れた。
矢折れ刀尽き、もはやこれまでと思ったところ、ようやく泊まる山小屋が見えてきた。
着いたのが夕方6時半である。
結局朝の3時に出て夕方の6時半まで歩いているという、
たぶん人生で一番長い時間を歩いたかもしれない。
ケニアに来て当然ながら一番しんどい苦行のような道程であった。
約27km、標高差2000mを1日横断したわけだ。
ホットシャワーがあると聞いてウキウキしていたところ、
逆に熱すぎてあまり浴びれなかったのが、
なかなか憎い仕様なロッジであったけど。



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最後の日、パーティー揃ってみんなもう歩けないという結論になり、
キャンプサイトから車で帰ったわけだが、
車を呼んでいなかったら、
また粗い道の未舗装の道を7、8km歩かされていた。

ケニア山に登った結論、
良かったけどもう2度と登らない、ということかな。
景色は本当に素晴らしいけど、
トレッキングが趣味な程度の人たちにはかなりしんどいコース。
登頂しなくて散歩だけならもう一回ぐらい来てもいいけど。
登山後のコースセッティング等に難があるので、
この山を登りたい人は、ちょっと体力つけてから来ることをお勧め。
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by tanewomaku | 2011-12-28 20:43 | ケニア

3ヵ月ごとのクワヘリ

青年海外協力隊、基本的に2年の任期で年に4回派遣があり、
約3ヶ月ごとに隊員が入れ替わってゆく。
そうして来月の1月にも入れ替わるのだが、
そのさよならパーティー(クワヘリパーティー:クワヘリはスワヒリ語でさよならの意味)が、
この前行われた。

準備するオーナーは今度帰る隊次で行う。
例えば今回の場合は次回帰国する3月隊員がオーナーとなるのだが、
各隊次によってカラーが違っていてなかなか興味深い。
また2年もあれば、誰でも少なからず色々な経験をするので、
話を聞いているだけでも面白い話が聞ける。
そんなふうにして盛り上がるのだが、
いつの間にか自分ももう任期1年を迎えるので、
彼らとの思い出もけっこうあり、
なんだかしゅんとなってしまったりする場面もあったり。

こうやって出会いと別れを繰り返して、
あっという間に自分らの番になるのではという予感がする。
ともあれ、21-3派遣の皆様、2年間、お疲れ様でした。



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by tanewomaku | 2011-12-28 19:40 | ケニア

持つべきものは同期の絆

エチオピアへ訪問にあたり、
エチオピア派遣の協力隊同期にお世話になった。

エチオピア、まず英語があまり通じないので、
アムハラ語が主体となってやり取りされる。
なので海外からぽんと単身でくるとなかなか人々とのコミュニケーションが厳しい。
しかしアムハラ語の素養が彼らにあるので、
値段交渉や質問等の場面ですごく助けられた。
また社会制度も以前社会主義だった影響もあってか、
携帯等の手続きのインフラがちょっとややこしい。
ケニアと同様にエチオピアもプリペイド式の支払い方法なのであるが、
そのチャージの案内がアムハラ語だったりするのである。
なので携帯を渡して使えるようにしてもらったり。

そして地方に行った時も、
まず普通の観光では案内されないような場所を色々と紹介してくれた。
普通の民家や地元の酒場など、こんなローカルな場所や施設は一人だったら絶対入れない。
また食べ物に関しても協力隊のネットワークじゃなかったら行けなかっただろうなと思う。

不慣れな自分をここまで色々とお世話してくれて本当に嬉しく、
感謝の念でつきません。
この場を借りて、お礼を言いたい。
どうもありがとう。



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by tanewomaku | 2011-12-28 19:24 | 海外

昭和歌謡と呼ばないで

国によって音楽は独特なものを形成している。
同じ英語圏でも、アメリカとイギリスでは全く趣が異なるし、
ましてや言語が違ったらその違いもよりいっそう異なってくる。

今回のエチオピアでのバスでの移動中、また店先から聞こえてくる音楽。
それはまるで日本のような韻を踏んでいるような、
なんだか懐かしさを感じさせる曲が頻繁に聞こえてきた。
それはまるで昭和歌謡を思わせるような曲調で、
イントロからはあの演歌のような旋律。
まるでサビにはこぶしが聞こえてくるような気分にさせられる。
エチオピアという国は、
どうも山陰やら北陸を思わせるような裏日本的な土地柄で、
なんだかそちらのような雰囲気を醸し出しているのだが、
歌も似たような感じになってくるのか。

短い旅であったが、
日本人だったらエチオピア歌謡にすんなり入れると思った次第。
特に昭和歌謡に慣れしたんだ世代にとっては。



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by tanewomaku | 2011-12-27 23:23 | 海外