ケニア、種を蒔く

カテゴリ:ケニア( 83 )

メイズが育つ季節

11月、まだ雨が降るけど、
暖かい季節になってくる。
メイズ(とうもろこし)、年に3回取れるんだけど、
この季節のメイズが一番活気よく育つ気がする。



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by tanewomaku | 2012-12-31 22:58 | ケニア

雨で寒い11月

ケニアでの11月の始まり、
これから夏に向かっていく季節なのだけれど、
ぜんぜんそんな気分がしない。
というのも最近小雨季なので毎日が雨。
雨が降るといっきに気温が下がる。
最近は日中でもフリースを着てるので、
去年の今頃より寒いかも。



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by tanewomaku | 2012-11-02 23:45 | ケニア

旅をしたゴミ

ゴミは旅をする。
現代社会に生きる私たち人々は様々の物を日々買っている。
物を買うと必然的に出てくるのはゴミというものであり、
包装紙、ビニール、食べ残し、もしくは使い古した物そのものであったり。
そうやって出てきたゴミはゴミ箱へ、
またはその辺に打ち捨てられ、
なかにはそのまま放置されていたりするものもあるが、
大半は廃品回収業者に回収される。
集められたゴミはトラックに乗って持ち運ばれ、
近い距離、長い距離、様々なゴミは様々な経路を辿っていくが、
どんなゴミでも行き着く所は最終処分場となる。

ナイロビ市の郊外のダンドラ(Dandora)に最終処分場があり、
そこはナイロビ市内からのゴミが収集されてきているのだが、
そう、旅をしてきた全てのゴミはここに集まる。
10月の中旬、
環境教育系の青年海外協力隊員が主催するスタディ・ツアーが開催されたのだが、
今回の目的はこのダンドラのゴミ処分場見学。
以前見たBBCの写真特集でこの処分場に興味が沸き、
ぜひ行ってみたいと思いすぐに参加のメールを送った。

ダンドラはナイロビ市の東部にあり、
中心から約30分ぐらいか。
どこにあるのだろうと思っていると、
住宅街の中にいきなりゴミ山が聳え立っているのが見えてくる。
周りは住宅に囲まれているが一歩入るとゴミの山が堆積しており、
また壁一つ隔てて小学校も隣接している。
境界線のあっちとこっちとでは全く違った光景が広がっているのだが、
ここの施設担当者から聞いた話によると、
1日当り700tから1000tの量が運ばれてきて、
昼夜問わず職員が対応している。
1986年に完成してだいたい四半世紀経っているが、
面積が25haもある広大な敷地はもう埋め尽くされて限界を超えているとのこと。
トラックから運ばれてきたゴミはブルドーザーなどで単にならされるだけらしい。

周囲はゴミの異様な匂いが立ち込め、
かなりの数のハゲコウが頭上を飛んでいたり、また生ゴミを漁っていたりするが、
そんな中で、
ウエィスト・ピッカーまたはスカベンジャーという人々がここで生計を立てている。
ここで捨てられたゴミを漁りリサイクル品として使えるものを拾って、
お金を稼いでいる人たちのことをいう。
集められているゴミは分別なんでされていないので、
こうやってダンドラの処分場で手作業で彼らが仕分けしている。
なかにはここから出たこともない人がいるらしく、
文字通りダンドラが自分の世界となっている。
大半の日本人にとってはなかなか想像するのが難しいヘビーな現実である。
高台に立ち、辺りを見回してみると、
食事をしている人やチャイを飲んでいる人もいれば、
ビリヤード台なんかも置かれていたりして、
ここが生活圏であることが簡単に見てとれる。

ゴミ山で有名なのはフィリピンのスモーキー・マウンテンなどが挙げられるが、
ここダンドラも、
ある調査機関によると世界で最も汚染された地域の一つに数えられる。
実際建設当初、元々ここは廃棄処理施設としての位置付けをしていなかった為、
汚染水の管理が十分ではなく、
近くを流れているナイロビ川等に汚染された水が流れ込んでいる。
また自然発火、野焼きなどの日々煙が出ており、
この辺に住んでいる健康被害も相当なものである。
この辺での就労者や近状に住んでいる人々は、
肺を悪くする人が多いそうだ。
自分も2時間ぐらいいただけで気分が悪くなってしまった。

このダンドラのゴミ処分場、
とっくにオーバー・キャパシティなのでナイロビ市がJICAの協力により
新しい処分場を立てる計画があるのだが、
様々な問題があって現在暗礁に乗り上げているらしい。
その一つにはこのウエィスト・ピッカーたちの生活も関わっていて、
処理施設が移転すると彼らの仕事が無くなる訳で、
彼らは当然反対するわけだ。
また移転してからといってもここにある数十年も積み重ねられたゴミの大山は、
現状ではただ放置するしか手がないそうである。
たまに堆積したゴミが崩壊し、人が巻き込まれて死者も出ているとのこと。
問題があるのはみんなが分かっているのだが誰も手がつけられない状態、
というまさに見本なような所だ。

もし可能であれば、人は一度はこういう光景を自分の目で見たほうがいいかもしれない。
どんなに言葉を紡いでも、実際に見てみないことには分からない景色が世の中にはあるのだから。



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by tanewomaku | 2012-10-20 21:02 | ケニア

ジャカランダの花が咲く頃

9月の終わり頃からジャカランダの花が咲き出し、
10月には満開に。
先週末ナイロビに訪れた時も、
ドミトリーの庭に植えてあるジャカランダも乱れ咲き。
この花を見ると春なのねー、と思うようになるのだが、
自分の住むケニア西部には咲いていないので、
心の中ではナイロビの風物詩みたいな感じ。



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by tanewomaku | 2012-10-18 01:01 | ケニア

ストライキ、ガチバトル

9月になって、
さあ今タームが最後のターム、気合入れていこう、
と考えていた矢先のこと。
ケニアの教職員組合が賃上げを要求。
国公立のほとんどありとあらゆる学校でストライキを決行してしまった。
当学校も国立の専門学校ということもあり、教員が全面スト。
まったくもって出鼻を挫かれてしまう。
でどんな要求してるのと調べてみると、
この組合の先生方、
1997年度比で300%の給与アップをしろと凄まじい要求なのである。
300%ってなに…!?
なんでもこの1997年という年に政府側が給与の増額を認めたそうなのだが、
その約束が今もって果たされていないんだと。
それだけでも組合はピリピリとしていたところ、
補講の禁止がとどめを刺したみたいだ。
ケニアの学校業界では、
ターム休み毎に補講を行っているのだが、
これは学生たちがお金を取られる有料の補講だ。
ただこの仕組み、学校、先生どちらが主導しているか分からないが、
彼らの独自の権限で行われていて国が定めているわけではない。
なのでこの補講費はほぼおそらく先生のポケットマネーと入っていっている。
その仕組みを国が禁止しようとして先生方が激怒。
組合の燃える炎の火をつけたようだ。
それで最後の手段としてストライキに突入したのだが、
これが全くお互い引かない。
教師は連日のようにデモで練り歩き、
対する国はストに参加している教員全員クビにするぞと脅すわで、
壮絶な打ちあい戦に。
外国人の自分からするとよくもまあやるよという感じで、
呆気にとられることの連続だった。
ただ思うのは、ストライキをやるのは労働者の権利なので認めるけれども、
教師は子供たち、教え子に対してどんな風に思っているのかが非常に気になった。
あんた達、自分の権利を主張するのはいいけど学生等のことをどんな風に考えてんだ、と。
1、2日なら100歩譲って理解しよう。
が、これが2週間、3週間も続くとなると全くもって彼らの思考回路が理解できない。
いったいこの人たちは何を考えているのかと本気で思ってしまう。
学生はポツポツと来ていたが自分の教え子もいたので雑談がてら話を聞いてみると、
どうやら彼もかなりの不服があるみたい。
当たり前である、生徒には何の落ち度もないのだから。
これで学費は普通に払わされるわけなのだからやってられないのも無理ない。

いつまで続くのだろうとかなり暗澹たる気持ちで3週目を過ぎ4週目に入ったところ、
政府が出した妥協案にようやく組合が納得して合意をした。
新聞によると国がトータルで135億ケニアシリングを払うらしい。
新卒初任給をシュミレーションした時、
13,000ケニアシリングから19,000ケニアシリングとなるらしい。
31%アップである。
日本では考えられない数字だ。
同僚の先生たちは喜んでいたけど部外者から見ると何だか複雑である。
ストライキでここまで大幅アップを経営者(ここでは国だけど)が認めてしまうと、
ストライキのやったもの勝ちみたいとなる。
これだからケニアはストライキが頻発してしまう。
実際、交通関係者や公務員、更には医者までもがストライキを起こしている。
この医者のストライキの時は凄かった。
彼らはストライキなので医療行為をしないという挙に出て、
本来であれば患者が受けられる治療を受けられなくなってかなりの死者が出るという、
すごい状況をケニアに国内に引き起こした。
いったいこれは何なんだと、ただただ驚いたが、
日本人とは仕事観、労働観というか社会通念が根本的に異なっている。

このストライキの影響で9月いっぱい授業ができなく、
ようやく今週の10月になって生徒も戻ってきて授業が再開されたのだが、
当然この影響は甚大である。
普通にやっても9月から11月のターム3の期間は時間が少ない。
11月はテスト期間となってしまうので、実質授業は10月まで。
それを半分ストライキで潰してしまったわけだ。
尚且つ、普通であればディプロマという長期の生徒と、
学期ごとに募集するサーティファイという短期の生徒がいるのだが、
今タームのサーティファイの生徒は当学科についてはゼロ。
学校全体でもかなり少ない。
構内はおかげで人がまばらだし、
もちろん学校の収入の面でもかなり痛手のはずである。
自分個人としても、ものすごくやる気を削がれたというか、
最後のタームということもあってかなり気合を入れていたので、
喪失感というか残念な気持ちでいっぱいである。
毎回毎回、ケニアは自分の想像の上をいくような状況を自分に体験させてくれる。
こんなことは日本では絶対味わえないけど、
できればもっと平穏なラストスパートを迎えたかったのが本音である。
これからどう立て直そうかと、気分が重いターム3の開始となった次第。



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by tanewomaku | 2012-10-06 07:33 | ケニア

クワヘリ、22-2

平成22年度2次隊の人たちが、今週頭に日本へと帰国した。
この隊次の人たちは自分たちの一個前に派遣された方々で、
一番長くケニアで接してきた人たちである。
なので当然思い出もいっぱい。

帰国する隊次を慰労するパーティーを、
スワヒリ語のさよならの意味で「クワヘリ」と呼ぶ。
この会を取り仕切るのは、
帰国する隊次の一個後の隊次、平成22年度3次隊であるが、
そう、それは自分たちの隊次である。
このパーティの仕込にはだいたい3ヶ月前ぐらい準備を始め、
方々から写真やメッセージを頂いたり、
会での企画を考えたり、
また食事の準備をしたり、と何かと手が込んでいて
準備もそれなりに大変である。
今回のクワヘリでは卒業式をコンセプトに行った。
今までは、どちらかというと最初はみんなでワイワイ、そして最後に手紙という、
どちかというとテレビの企画みたいな流れであったのだけれど、
今回はガラッと流れが変わる企画で勝負したので、
やる前までは試行錯誤がけっこう続いた。
でもふたを開けてみるとみんな喜んでくれて、
中には今まで一番良かったと言ってくれる人も。
ありがたい評価を頂き感謝である。
自分は2年間振り返りビデオの作成担当だったけど、
メッセージを集め切れなくて、
ギリギリまで編集をしていた。
コンセプトはプロモーション・ビデオ。
そして今までのビデオはほぼ日本の曲だったので、
ちょっと雰囲気を変えて今回はスワヒリ語の曲をメインに使ってみた。
使った写真も過去作品の平均の3、4倍ぐらいはいったのではなかろうか。
書き出しだデータも、
いくらフルハイビジョンとはいえ、
15分の長さで2.3GBもあった。
ちょっと、というかかなり自己満足的な感じな映像になってしまったけど、
ギャグを狙ったところではみんな笑ってくれて、
泣きのシーンではけっこうな方がウルッときているのが分かって、
作成した自分の気分も満たしてくれた。

21年度4次隊延長者、23年度3次隊短期の方も一緒にクワヘリをし、
さぁ、今度のクワヘリは自分たちの番。
10月からはいよいよ自分たちの代が最古隊次にもなる。
残りの活動機関は約3ヶ月、
ケニア生活もクライマックスへと突入。



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by tanewomaku | 2012-09-29 05:38 | ケニア

エクセルワークショップ ニャミラ篇

7月の後半から8月の前半にかけて怒涛のような仕事ぶりで、
確実にケニアに来てから一番忙しかった。
この期間に講習を立て続けにすることになってしまい、
そのプレゼン資料作りなどをしていたが、
これにテスト採点やらJICAへの報告書作成などが絡み、
かなり切羽詰った状態に。
まるで日本で働いていた時のような忙しさで、
残業に換算すると余裕で130時間ぐらいは越えたぐらい。
1日フリーという日は約1ヶ月間なかったな。
もちろんボランティアなので残業代は一切でない。
「うー、やっぱりちょっとはお代金をもらいたいな」
と、ブツブツと文句を言いながらひたすらPCの前に向かっていた。

それで、その講習の一つが、
エイズ対策隊員に頼まれたエクセル講習。
ニャンザ州にあるニャミラという町にある総合病院で活動をしている隊員が、
そこの職場の看護師さんへのエクセルデータの検索方法を教えてほしいと頼まれた。
この病院では現在、
患者のデータを紙とエクセルデータの二本立てて行っているのだが、
ゆくゆくはエクセルデータのみだけでやりたいそう。
ただ看護師さんの方々はコンピュータを触ったこともないような方達だったので、
とりあえず基本的エクセル操作方法と検索方法という形で講習をしてみた。
普段の学校で教えている時はさすがにもう緊張しなくなっているけど、
初めての相手、場所だと当然緊張する。
前半はプレゼン資料を使っての講習だったけど、まったくもって下手な説明をしてしまい、
どんどん気持ちが凹んでいってしまった。
人前で余裕しゃくしゃくで喋れる人が羨ましい。
後半は実機を使っての演習。
ここで実際に看護師さん方にコンピュータを触ってもらいながら、
エクセルのデータ検索をやってもらった。
前半の反省を含め後半はかなり懇切丁寧に演習を行ったが、
マウス操作も覚束ないのでなかなか進めなかったけど、
課題は全部こなしてくれた。
感のいい人とそうでない人がやはり分かれてしまうが、
そこにいた全員は一通り正解まで辿りついたので、
なんとか講習の目的は果たせたのかな。
大切なことは続けていくことなので、
看護士さん方にはぜひとも継続してやっていってもらいたい。
普段の生活は、ケニアの病院にはなかなか行く機会がないので、
この講習をきっかけとして色々とケニアの病院事情を知ることができて面白かったな。



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by tanewomaku | 2012-08-29 06:15 | ケニア

ATM的にありえない

キスムにあるCBA(Commercial Bank of Africa)でお金をおろそうと思い、
街の中心地にあるATMに向かった。
キャッシュカードをいれ、5,000Kshと入力。
そして処理が始まるわけだけど、
日本であるなら、
まずこの預金口座からお金をおそす、という作業では何も起こらない。
というか、ATMでのトラブルなんてありえない。
が、ここはケニア。
想定外の出来事が、いつどこからともなく襲ってくる。
そう、今回はこのATMで襲われた。
入力後の処理である、
このトランザクション(本店のメインコンピュータとのやり取り)中に、
ATMがまさかのクラッシュ。
いきなり再起動がかかり、
パソコンでよくお見かけする画面のBIOSやWindowsXPのスプラッシュ・ロゴが現れる。
まったくしょうがないATMだなとイライラしていて待っていたが、
待てども待てどもウンともスンともATMがいわない、というか画面に何も現れない。
10分ぐらい経った後、ようやく画面の端っこに何か文字が現れたと思ったら、
"error code:C99"という文字。
使えねぇ…
ということで、再起動直後にキャッシュカードは出てきていたので、
他の銀行のATMに行って口座残高を確認すると、
しっかりとさっき引き落とそうと思った5,000Kshが引かれている。
マジで使えねぇ…
銀行取引の安全性、これって国の根幹となる信頼度を図る一つの指標でしょ。
なのにこの体たらく。
ATMの誤作動は常日頃から頻繁に起こっていたけど、
今回はとうとう誤取引をやってくれてしまっている。
もう体中から力が抜けるほど、まったく呆れかえってしまった。
ケニアで信頼できるシステムって存在するのか?
でもほとんど怒りという感情が芽生えなかったのは、
もうこの国の次から次へとくる理不尽な出来事に対し、
怒る気力もなくなっているということなのかも。
挙句の果てには、まぁこの国だったらこんなこともあるよな、
と逆に妙に納得するものもあった。

さて、失われた5,000Kshは戻ってくるか?
自分の予想だと戻ってくる確率は五分五分といったところ。
これから、
また窓口でクレームをしなきゃならないことを考えると気が滅入ってくるけど、
こういう日常に対処していかないとここでは生きていけない。
自分は期間限定で住んでいる身だが、
ケニア人は生まれてからあの世に行くまで、
こういう理不尽なことに対して闘っていかなければならないわけで、
色々な意味で、そりゃー確かにケニア人ってタフになるよな、と思う。



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by tanewomaku | 2012-07-03 04:51 | ケニア

ダムと大根と国際協力

週末、カカメガ近郊のカイモシという所に行く。
今回ここで暮らしている日本人ご夫妻の宿泊施設にお世話になった。

カイモシ近辺はケニア西部でも貧困度が高く、
一日数十円、数百円で暮らしている人もざら。
そんな中、有機野菜栽培やゲスト・ハウス等を経営しながら、
現地住民の収入向上への支援を取り組んでいる。
オーガニック・ショップの設立、パン販売、ピーナッツ路上販売、
そして時たま日本からのスタディツアーの実施など、なんとも活動も多彩。
まさに現地の人々の為に孤軍奮闘をしている。
ちなみに以前は学校もやっていたのだが、
こちらは残念ながら現在休校中とのこと。

こちらに移ってきてからほぼ2年ぐらい経つそうだが、
ご夫妻、日本で定年まで勤め上げた後、
国際協力に身を投じる為にこちらへ居を構えた。
今までバックに組織を頼らずほとんど個人でやってきたというので、
なんとも恐れ入る。
ほとんど自力で、できることは何から何までやってきたそう。
多少なりとも国際協力に携わった事がある人間なら、
これがどのぐらい大変なのかよくお分かりであろう。
またケニアに住んだことがある人なら、
多かれ少なかれ金銭面で何かしら痛い目にあっているはずだ。
その中でも、このご夫妻は本当に気の毒なくらい、
何度もケニア人からひどい騙され方をされている。
にも関わらず、それでもめげずに前へ前へと進もうとしている。
自分だったらとてもじゃないが根をあげてすぐにでも日本に引き返すと思う。
本当にこの人たちは強靭な折れない芯を持っているのだろう。

ご夫妻、どうせやるなら10年スパンで携わっていきたいという。
収入向上に関しての売り上げは、
週に2,000、3,000円の売り上げしかないので、
「ほとんど赤字だ、なーにやっているのか意味が分からない。」
と笑って仰っていたが、
でも例え今が赤字でも、
いつか黒字になりシステムを自分たちでを回せるやり方が残せればそれでいいんだと、
気概を持って取り組んでいる。
まだまだゲームはこれから、
そういうことで今現在の現在進行形のプロジェクトとしては、
土地の改良、有機野菜栽培の促進普及、新規料理開拓など。
特に印象に残るのは大根の普及。
日本から持ってきた大根の種を植えてみると、
こちらの痩せた土地でもしっかりと育つ。
それをここら辺に広め、大根の料理の仕方を含め、
広めていきたいそうだ。
実際、出荷してみたら、
地元の人たち、特にこっちに渡ってきたインド人には好評なのだそうだ。
ケニア人が大根をどのように料理するのか興味がある。
またこれからやりたいプランとしては、
カカメガ近辺は雨量が一定していないので、
灌漑用のダムも作りたいらしい。
うん、将来のプランもなかなかである。
今からどういう展開になっていくのか楽しみ。


彼らのホームページはこちら
世界一長い歌「ねがい」と私とケニア The World longest Song "NEGAI", Me & Kenya



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by tanewomaku | 2012-06-05 02:54 | ケニア

窓の外には優雅なキリン

4月のケニアの専門学校は、ターム休み期間中。
この機会で色々なところを旅してきた。
まずはナイバシャ。
カカメガからナイロビに上がる時、
毎回ナイバシャは通過するのだけれど、
立ち寄ったことがなかった。
ナイバシャはナイバシャ湖の畔にある町で、
ナイロビから近いこともあってか高級な保養地もいっぱいある。

ここナイバシャにある国立公園に配属される隊員がいるのだが、
そこに4月のとある週末にお邪魔してきた。
彼が住んでいるのはヒーポ・キャンプという、
学生やら家族連れが週末に訪れるキャンプ場内なのだが、
そこ、普通にキリンとかシマウマとかインパラとかかウロウロしている。
家の窓から外を見てみるとキリンが木の葉を食べている、
そんな凄いロケーション。
なんとも羨ましいような生活だけど、
これもケニアならでは。



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by tanewomaku | 2012-05-25 23:25 | ケニア