ケニア、種を蒔く

カテゴリ:日本( 5 )

夜食を取りながら深夜食堂

海外で見よう、日本のテレビ。
その2は「深夜食堂」
最近、食事をしながら見ているドラマはこれだ。

ちょうど2年前、会社から帰ってきた深夜、
ウダウダとソファで寝転がってテレビのチャネルを切り替えていたら、
最近のテレビ画面からは全く見られないようなオープニングに出くわした。
その昭和レトロ風の作りに引き込まれ、
本編まで見たのだが、何とも味わい深い作品だった。
それが初めてみる深夜食堂のドラマであったのだが、
その回はもうシーズンのかなりの後半で、
全部のストーリーは見られなかった。
なんだか惜しく、いつか見てみたいと思っていたのだが、
ビデオも出ているし、
時間も(不本意ながら)かなりあることなので、
親が視察の旅に来るタイミングで、
DVDを持ってきてもらった。

めしやのオーナー、マスター役の小林薫がなかなか渋い。
こういう役をやらせたら一品である。
また不破万作のあの客はまさに原作のまんまだから、
不破をイメージしてあのキャラクターを作ったのかと思う。
また、安藤玉恵、でんでん、おかだ森魚、風間トオル、オダギリジョーなど、
渋めで確かな俳優人が出演しているのも魅力。
またもう一方の主役である毎回毎回出る食事は、
ウィンナー、ねこまんま、ポテトサラダ、カツ丼、焼きそばと、
普段食べるような食事なのだけれど、
ケニアで見ていると涎が出てくる。
ストーリーもほろ苦いというか、味が染み出ているというか、
最近、涙腺が弱くなったこともあり、
2回に1回はなんだか涙ぐんでしまう作品だ。

心も小腹も満たしたい人には確かにお勧めの作品。
現在日本ではパート2が放映しているらしいので、
帰国した時に見てみたい。


「深夜食堂」公式サイト



f0213817_7323562.jpg

[PR]
by tanewomaku | 2011-11-03 07:33 | 日本

ケニアでどうでしょう

海外生活をしていると日本の物が恋しくなったりする。
食事、服、音楽、その他諸々。
その中の1つにテレビ番組がある。
日本で一人暮らししていた時はテレビは持っていなく、
また実家にいた時もスポーツか旅番組しか見ていなかったのだが、
日本が恋しいのか、ケニアに来てから日本のテレビ番組をよく見るようになる。
確実に日本に住んでいる時より見ているのだが、
ここ最近見ているテレビ番組を紹介してみたい。
というわけで、海外で見よう、日本のテレビ。その1。

1ヶ月ほど前までは伝説のお笑い番組、
「水曜どうでしょう」
をよく見ていた。
名前を知っていたのだが、
こんなに面白い番組だとは思わなかった。
悔しい、もっと前から見とけばよかった。
今は全国で人気の大泉洋が大ブレークした作品である。
基本路線は男4人で旅をする番組なのだが、
目的地ではなくその途中の過程にスポットを当てている。
その道中記が凄く面白い。
お笑い番組の中では一線を越した出来である。
この番組、北海道の放送局、HTBが製作で、
関東ではテレビ朝日系列なのだが、
拗ねてるのかテレビ朝日の地上波では放送していない。
全国でかなりの視聴率を取っているので、
関東でもオンタイムでやってくれよと思ったものであるが、
こうして今、ケニアで見ている次第である。


「水曜どうでしょう」公式サイト



f0213817_7294194.jpg

[PR]
by tanewomaku | 2011-11-03 07:30 | 日本

アントニオ猪木酒場で

昨年の12月初旬に二本松での訓練が終わり、
ケニアに派遣されるまで1ヶ月ほど時間があった。
出国への準備期間などに当てるものだけど、
忙しい時間を遣り繰りして、人と会うのもその間の楽しみの一つである。
そこで訓練中語学で同じ班だったメンバーを中心に、
東京で集まろうという話になり、
新宿で12月中旬、
担当の先生を含めて飲みにいったのだが、
そこには相川さんもメンバーに含まれていた。
彼女、黒縁の眼鏡がなかなかチャーミングで、
素直な性格なのだろう、
色々な物事に興味があるように見える、好奇心旺盛そうな素敵な女性だ。

彼女と最初に知り合ったのは、
確か訓練中の所外活動でのバス移動中だったと思う。
所外活動というのは、近くの施設に行ってボランティアをしてきなさいという、
一種の異環境でどのような行動が取れるかという訓練活動なのだけれど、
そこに行くバスの座席が隣同士になったのだ。
お互い老人ホームに行くことになっていたので、
何をするのだろうという世間話をしていた。
帰りのバスでは、こちらは精神的にタフな現場に配属され、
身も心もグッタリしていたのだが、
彼女はまだまだ余裕そうにニコニコと喋っていたものだった。
また、彼女の勤めていた先がちょうど自分が住んでいた最寄り駅だったので、
その話で盛り上がったりもした。
「わたし、前ダイクマがあった近くに住んでてそこから毎日歩いて通っていたのよ」
とか、
「バーズに入っているあの店が美味しい」
など、訓練所では全国から人が集まるのだけれど、
地元の人しか分からないような共通な話ができて、
なんだか同郷の同志のように感じていた。

1次会の時間が終わりになった為、会は自然と2次会へ。
誰が行こうと言い出したのか忘れてしまったが、
「アントニオ猪木酒場」という店に行く。
店内に入った瞬間ゴングが鳴るという風変わりな趣向な酒場で、
アントニオ猪木をモチーフにしたなんとも味のある飲み屋だ。
相川さんも、ゴングが鳴る度にキャッキャッと喜んでいた。
クラス担当のカナダ人の先生ををからかいながら、
そこで、みんなで酔っ払いバカ話で盛り上がった。
師走のとある日、結局終電まで飲んでいた。
たいして実のある話はしていないのだけれど、
ふとしたきっかけで、あのアントニオ猪木酒場のことを思い返したりする。
普通の飲み会だったのだけれど、
こういう会の方が意外と心に残ったりするのは、
きっと心が温まるいい会だったからなのであろう。

先日、旅先中のワタムで友達からメールが来た。
相川さんが赴任先のナミビアで交通事故に遭われてお亡くなりになられた、と。
メールを見た瞬間、茫然自失となった。
かけていい言葉というものが全く見つからない。
心からご冥福をお祈りしたい、とだけ今は言っておく。



f0213817_6484958.jpg

[PR]
by tanewomaku | 2011-08-27 06:57 | 日本

普通の生活、普通の人々

東北、北関東で震災があった当初、
ケニアの地元の人に日本で大地震があったと言っても、あまりピンと来ない様子でどうも反応が薄かった。
遠い国の出来事だとなかなかうまく伝わらない事は、どこの国でも一緒なのかな、と当初は思った。
日本人が、中東のジャスミン革命の重要さを理解するのに時間がかかったように、
また極東の島国での地震・津波はケニア人にとっては自分の生活と関わりが無いもの、と。
だがやはり、1週間を過ぎたあたりになると、
テレビ、新聞でも連日震災の事が取り上げられた事もあり、その破壊の凄まじさを分かってか、
急に現地の人からもよく心配、お悔やみの言葉をもらうようになった。
自分の家族のように心配してくださる方が何人もいて、
本当ありがたい思いでいっぱいになった。

そんなケニアは日本から数千キロも離れた土地にある。
ここで暮らしていると、なにか今の自分の立場が歯がゆくてしょうがない。
義援金を送ったりはしたけれど、直接被災された方々に手を差し伸べ助けることはとてもできない。
でもこれは、日本で茨城、福島、宮城、そして岩手に住んでいない方々も、
同じような心境ではないのだろうか。
その被災にあった当地に住んでいない人の中で、
何か手助けをしてあげたいが何もできないと思っていらっしゃる方は、結構な数いると思う。
そんなもどかしい思いをしている私達は何をすればいいのだろうか?

あの震災以来、日本の事を考えると落ち着かなく、こちらでの仕事も落ち着いて取り組めなかった。
こんな事ではいけないと感じながらも、モヤモヤした状態で過ごし、
ああでもない、こうでもないと何かグルーミーな気分で日々を過ごしていた。
そんな状態で2週間が過ぎたあたりだろうか。
ふと、普通の生活を送ればいいじゃないか、という事が頭に浮かんだ。
普通に暮らせる人々は、普通の生活を送ること。
被災者に対して、何か直接的な行動をできるような人で無い限りは、
できるだけいつもの生活を送るべきではないだろうか。
困難な時にこそ、その事がよりいっそう大切な事であると。
助けを必要とする人々を支援する為には、健康な身にある私達がまず一生懸命支えていかなければならない。
その為には、生活に支障をきたす環境でない限り、そこで自分のできることを全うする事。
それが被災地への支援にも当然なるはずだ。
勤め人だったらいつも以上に仕事をこなす、学生だったらもっと真面目に勉強する。
たとえ何があったとしても、日本を動かしていくという事が肝要で、
それが回りまわって、いつかきっと今回のような困難に直面している人の役に立つのであるから。

また、アメリカのある新聞に載ったような、
日本が過剰な自粛に陥っているのではないか」という意見にはまさに私も賛成するところだ。
被災者を苦しめたり迷惑をかけたりする、侮辱するような行動ではない限り、
必要以上の自粛というものは、する必要もないし、逆にするべきでもない。
それは、直接的もしくは間接的にも支えていかなければならない我々が、
精神的にアンターな状態、鬱屈した状態になるわけにはいかないからであり、
支える立場の人間が、きちんと支えられる身でいられることが大切なのである。


先日、JICAの事務所から協力隊員のブログに関して、
当分の間、純粋な「活動報告」や「文化・生活習慣紹介」のような記事の公開は慎むようお達しが来た。
彼等には彼等の言い分があるのだろう。
色々と難しい立場であることも重々承知している。
だがしかし、個人的にはこの趣旨の内容には反対だ。
純粋な「活動報告」や「文化・生活習慣紹介」をする事が、
今の時期適切ではない行動であって、倫理に悖ることなのだろうか?

私は敢えてJICAボランティア事業は仕事と表現している。
我々は仕事で来ているのであって決して遊びではない。
もしお遊びで、おままごとで来ているのだとしたら、多くの隊員はこんなにストレスは溜まらないし、
ましてや、相手の国から来て欲しいと頼まれるなんてあり得ない。
私達、青年海外協力隊員又はシニア・ボランティアは、
活動がしっかりできる環境であればその活動をしっかりと行い、
普段の生活からだと知る由も無い日本の人、世界に住んでいる人々に、
異国、特に途上国ではどのような生活を送っていて、どのような困難があるのか、
またはこんな面白いことをやっている、と発信することも一つの重大な職務である。
卑しい事なんて何一つも無く、それはとても大切な事であると思うのだ。
災厄が日本に降りかかっている事と任地での活動報告、
これはまったく別次元の話であり同列で語られるべき問題ではない。
被災者の方々を冒涜、または混乱させるような記事はもっての外である。
が、純粋な協力隊の活動、また他国での文化・生活習慣自体が日本人の感情を逆なでするものであるのか?
また、そういった事を記述することが、どうして不謹慎であるのか?
否、である。
私には到底そんなふうには思えない。
このような理由から、この趣旨には納得しがたい感情を、私は今、抱いている。
もしそれを不埒な事だと認めてしまうと、
そもそも平時でも、この青年海外協力隊事業の活動自体が不届きなものになってしまうのでないだろうか。

日本にいても、海外にいても、
自分の目の前にあることに対し、そこで自分のできる仕事をたんたんと行うこと。
普通の生活を営める環境であるのなら、それを感謝し、日々の生活を送ること。
その出来事をありのままに伝える事も何ら間違った行為ではないはずである。
日本という国がこれからも、ボランティア事業を胸を張って進めていきたいのであれば、
どうどうと、いかなる時も我々が何をやっているのかを伝えるべきではないのだろうか。


f0213817_8164160.jpg

[PR]
by tanewomaku | 2011-04-03 08:19 | 日本

日本人であるということ

海外で暮らしていると、自分が日本人だということを強く意識する瞬間がある。
異邦人という立場上、自分がその社会からは異質な存在であることを嫌というほど味わう。
でもそこには逆に、日本で暮らしているとそれがあまりにも自然で、
さらりと受け流してしまうような日本人の民族性に対し、非常に敏感になってくる。
ケニアに来てから2ヶ月過ぎた昨日も、強烈にそれを意識させられた。
宮城沖での大地震、大津波のニュースを知った時から、インターネットに噛り付きになった。
刻々と入るニュースに胸がふたがれる思いを持ちながら。

自分は日本国政府関係のボランティアという立場でケニアにいるのだが、
今、一番助けを必要とされるのは日本人ではないかと。
なにか自分がちぐはぐな事をやっているようで、大変申し訳なく、また何もできない自分に苛立つ。
ツイッターを使って、色々と大事だと思われる情報を共有したりしたけれど、
これも、ただの自国民へのエクスキューズなのかと自己嫌悪気味になったりもした。

今日もセンチメントな気分だったが、
ケニアの方から温かいお言葉をかけてもらって、
少し癒された気がする。

お亡くなりになった方に深い哀悼の意を捧げ、
一人でも多くの方が助けだされることを祈ってやまない。
[PR]
by tanewomaku | 2011-03-13 01:09 | 日本