ケニア、種を蒔く

日本人であるということ

海外で暮らしていると、自分が日本人だということを強く意識する瞬間がある。
異邦人という立場上、自分がその社会からは異質な存在であることを嫌というほど味わう。
でもそこには逆に、日本で暮らしているとそれがあまりにも自然で、
さらりと受け流してしまうような日本人の民族性に対し、非常に敏感になってくる。
ケニアに来てから2ヶ月過ぎた昨日も、強烈にそれを意識させられた。
宮城沖での大地震、大津波のニュースを知った時から、インターネットに噛り付きになった。
刻々と入るニュースに胸がふたがれる思いを持ちながら。

自分は日本国政府関係のボランティアという立場でケニアにいるのだが、
今、一番助けを必要とされるのは日本人ではないかと。
なにか自分がちぐはぐな事をやっているようで、大変申し訳なく、また何もできない自分に苛立つ。
ツイッターを使って、色々と大事だと思われる情報を共有したりしたけれど、
これも、ただの自国民へのエクスキューズなのかと自己嫌悪気味になったりもした。

今日もセンチメントな気分だったが、
ケニアの方から温かいお言葉をかけてもらって、
少し癒された気がする。

お亡くなりになった方に深い哀悼の意を捧げ、
一人でも多くの方が助けだされることを祈ってやまない。
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by tanewomaku | 2011-03-13 01:09 | 日本